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気のみ気のまま

気のみ気のまま

小説・アマノガワ

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『ねぇ、・・・・見て・・・・』

それは、

『ほら、あそこにも・・・・さ・・・』

この大きな世界での

『星・・・が・・・・いっぱい・・・』

小さな小さな、恋物語。



~『アマノガワ』~        alwaysblack著


『はぁあ・・・・・』
7月6日、
なんの変哲もない初夏の夏空に、
ユウジはため息を投げていた。
『あっついし、なんもいいことない、し・・・・・』

『おおーい、ユウジ!』
うしろからトシユキの声が聞こえてきた。
『はぁ?なんだよ?』
『いいからこっちこい、って。』
トシユキは、なにか言いたげにこっちを見ている。
ユウジはいやいやな表情をし、
窓を閉めてトシユキの方へと駆け寄っていった。

『なぁ、ユウジ。』
なんだ、気持ち悪い。
さっきからにやにやしてやがる。
『なんだよ?くだらねーことだったらぶっ飛ばすかんな。』
『まぁ、そう熱くなんなって。』
一間置いて、トシユキは続けた。
『明日はなんの日だ?』
は?言ってることがさっぱり分からない。
『なにって・・・・・水曜。』
『バカ! なにもかにもよ、
明日は七夕に決まってるだろ!』
またでた。
トシユキは、こういう、
いわゆる"イベント"が好きな人種だった。
街でもなにか行事があるたびにいろんなところへ行っている。
僕も何度かつれて行かれた。
なんであんな人ごみの中に
好んで行かなきゃいけないんだ・・・・

『いや、七夕、って事くらいは知ってるけど、』
ユウジは続けた。
『別にそんなに盛り上がることじゃねぇ・・・』
『バ・カ!』
ユウジの言葉をかき消して、
トシユキは続けた。
『七夕と言ったら天の川。織姫と彦星。
日本でこんなにロマンチックな童話、なかっただろ?』
あ、追加、だ。
"イベント好き"な上に"異様にロマンチック"。
『だから?』
ユウジはもう立ち去る体制だ。
『おまえよ、
こんな日には、
女の子と夜中に二人でどっか行ってさ、
『みてみて!天の川!私、見たの初めて!』
『馬鹿言うなよ、お前の方が綺麗じゃんか』
とか言っちゃう日のよ!』

『ふぅん、それで?』
味気ない答えが
トシユキのパーフェクト・プランをかき消した。
トシユキには、大事にモノが一つかけてる。
『彼女』だ。
そして、僕にも・・・・・

『それで、って・・・・
まぁ、確かに空想話だけどよ・・・・』
二人の間にへんな沈黙が流れた。
『あーあー、どっかに
『キャー、天の川を見につれてって♪』
なんて言ってくれる織姫いないかなぁ・・・?』
トシユキはそう、一言残して、
自分のクラスへと帰っていった。

ユウジはまた一人になると、
こんどは自分の席でため息をついていた。

"織姫? そりゃ、いないこともないけど・・・"

チラ、っと見た先に、
織姫はいた。
楽しそうに女子の輪の中に入って楽しそう話している。

はぁあ・・・・・
またユウジは大きなため息を一つして、
机にふっぷすようにして
寝ようとした。

『トシユキ、こんな時間に呼んで一体何を・・・?』

あの後、

『おい、ユウジ!ちょっと来いって!』
『なんだよ?』
『今日よ、一緒にアマノガワ、見にいかねぇか?』
『はぁ?! なんでまたわざわさお前なんかと・・・?』
『いやいやさ、積もる話もあるでしょ?
"アノ"子の話だっていろいろしたいし。』

と、半ば強制的に連れてこられたのだ。


・・・・連れてこられた?
というより、今は"待たされてる"状況だ。
アイツ、呼ぶだけ呼んどいて自分から遅れやがって・・・・

トシユキに呼ばれたその場所は、
街の片側を一望できる、人工的な丘だった。
"人工的"というのは、
丘と言ってもただ単にコンクリートで
どんぶり状に固めただけの場所だった。

でも、なんでも"よく見える"場所だった。
空も、街も・・・・・

ユウジは近くにあったベンチに座って、
しばらく、ぼーっと空を眺めていた。

あたり一面にちりばめられた星。
当初は天気予報で
『雨がぱらつく可能性がある』
とまで言われていたのに、
空は雲ひとつない、
しかしあたりに暗闇は一点もなく、
白、黄色、青白色・・・・・・
宝石箱をひっくり返したみたいに
星々が自分を主張しあっている。
それであって、すべてががんばって輝こうとするから
綺麗で・・・・・

と、センチメンタルな感慨にふけっていると、
人口丘の入り口の方から『キィッ』という、
自転車の止まる音がした。
ユウジは、はぁっ、とため息をひとつつくと、
しぶしぶ立ち上がって
『おい、トシユキ、なんでお前が呼んで俺を待たせ・・・』

ユウジは言葉に詰まった。




『あ、あれ?里中君?』



丘の入り口から顔を出したのは
ユウジを待たせたトシユキではなく、
隣のクラスのミクだった。

『あ、あれ・・・・・?』
彼女も困惑しているようだった。
『え・・・・え?
ど、どうしたの?こんなところで?』
普段はあまり女子と話さないユウジであったから、
やや言葉が片言になってしまった。
『え・・・・・?
私、戸山君に『ここに来て』って言われて、それで・・・・』

ああ、"そういう"ことか。
最初はわけがわからなかったが、
彼女のその説明で
墨汁の中に石鹸水を入れたように
パァッと内容が把握できた。


"ハメ"やがった。


『あ、あのさ、新崎さん?』
まぎれもない、彼女の苗字だ。
『え?
里中君、なにか知ってるの?』
『え、いや、聞いた訳じゃないんだけどさ・・・』

自分の推測を、彼女に話してみた。

『え・・・・・あ、
ああ、そうなんだ・・・・』
『いや、分かんないけどね・・・・
でも、アイツだったらやりかねないから・・・』
『そっか・・・・』
彼女が時計を見て、
はぁっ、と深いため息をついた。
と、

『ホントーにゴメンね・・・!』
いきなり、ユウジが謝った。
『え・・・・?』
『え?ああ・・・・
だってさ、あいつがやったとはいえ、
迷惑かけちゃったからさ・・・・・』
『あ、別にいいよ。
里中君が悪いわけじゃないし・・・・』
彼女は必死に否定した。

『ほんとーに、ゴメンね・・・』
ユウジは重ねて謝った。

・・・・・・・・
参った。

彼女が時計を見てため息をついていたのは、
次の電車までそうとう時間が開いてしまったかららしい。
ユウジはますます自分の責任を感じてしまった。

彼女は『電車の時間までここにいる。』
と、ユウジの座ってたベンチの隣のベンチに座った。

・・・・・・

気まずい時間が流れる。
正直、両者とも、
男女隔たりなく話す、といった人種ではなかった。
いつも同性としか話さない、そんな感じ。

ユウジはふと、
彼女の方をみていた。
ユウジの中の彼女の存在は、
"織姫的"存在でもなければ、別に嫌いでもない。
しいて言えば・・・・・


そう、"ライバル"だ。


ユウジもミクも、
お互い、中間・期末と言ったテストでは
1位を争う関係にあった。
前回はわずかの差でユウジがこの争奪戦を勝った。

そういうわけで、
クラスが違うと言うこともあり、
顔すらまともに見たことのない
彼女の小柄な、それも私服姿を、
なにか新鮮な気持ちで見つめていたのだった。

彼女はずっと、
顔を上げたまま、
暗闇の宝石箱を眺めていた。

『え、あの、さ・・・・』
『!』
ユウジがなんとかして
この重い沈黙を破ろうと、口火を切った。
『ん?』
『え?えっと、あの・・・・』
しまった、次のことも考えずに話し掛けてしまった。


『えっと、さぁ、・・・・・・・
あ、星、綺麗だよね!』


カァーーーーーッ!
やってしまった。
これだから普段口下手だとろくなことがない。
いくら話すことはないとはいえ、
普段顔も合わせない、
ましてやめったに話さない女の子相手に
『星が綺麗』だって?!
なんてバカなことをしたんだ。
きっと彼女は、僕のことを
なんてキザにヤツだ、と思ったに違いない。
いまさら後悔。

『フフッ うん、綺麗だね。』

彼女は微笑みながら、そう言った。

『え、ああ・・・・・
やっぱりなんか恥ずかしいこと言っちゃったかな?』
いまさらの弁解言葉。

しかし、彼女の反応は意外だった。

『え?そう? 私は別にいいと思うけど?』

笑顔のままそういって、彼女はまた、
宝石の空を見上げた。

時間が過ぎていく。
聞こえるのは、時期尚早な夏虫の鳴き声と、
たまに吹き抜ける夜風だけ。
そして、だれもいない人口丘に、
僕と彼女が二人だけ。
ユウジはなんだか夢の世界にでもいるような気分になった。

『あ!・・・・・・』

彼女がいきなり言った。

『え?』
『え?ああ、ゴメン・・・・・・』

彼女は恥ずかしがったように少しうつむくと、
そのままの体制で、
空の一点を指差してこう言った。

『織姫、って、・・・・あの星、だよね?』

え?
思わず、聞き返しになった。

『あ、やっぱりなんでもない。
忘れて・・・・』

そういうと、彼女は指差していた腕を下ろした。

『ウン、たぶんあってるよ。
あの星でしょ?ベガ。
そして、こっちにあるのが彦星のアルタイル。』
中学受験に使った知識だ。

すると、彼女は顔を上げて、
ユウジが指差している方向を見た。

すると、彼女はなにかを見つけたような表情をするやいなや、
フフッと、笑った。
『あれ?間違えてる?』
ユウジが自信なさげに手を下ろした。
彼女は首を振った。
『ううん、あたってると思うよ。
ただ・・・・・』

『ただ?』

『・・・・・指の上。』

彼女はそう、一言だけ言った。
ユウジは何のことか分からず、
自分の指先の方を見た。

『ウワァ?!』

びっくりして、
おもわずベンチを体ごとずらしてしまった。
トンボ、だった。
こんな季節はずれな初夏に、
トンボがユウジの指の上に止まっていたのだった。

ビックリしたユウジの表情を見て、
彼女は、なにかがあふれるように笑った。
普段静かな彼女らしい、口を両手で隠した笑い方だった。

ユウジはなんだか気恥ずかしくなってしまい、
さっきのミクと同じ姿でうつむいてしまった。

彼女はまだ笑っていた。
あいかわらず、両手で口を隠した、
清閑な笑い方。

『あ、ゴメン・・・・・』
ミクはユウジのうつむき顔を見るなり、
すぐに両手を口から離し、謝った。
『え、あ、
別に新崎さんが悪いわけじゃ・・・・』

また、気まずい沈黙。
彼女は今度は星を見ず、
自分の両足をパタパタさせていた。

『あ!』

ふと、ユウジが声を出した。
"この話題だったら話つながるかな?"

『新崎さんさ、もう、夏休みの宿題、やり始めた?』
僕の学校では、
夏休みの宿題がもう1学期の後半の時点で発表される。
"これだけ早く発表しているんだから、ちょっと難しくても大丈夫だな?"
教師の自分勝手な勘違いだ。

『え?まぁ、数学。ちょっとだけだけど・・・。』
『あ、数学?!
だったらさ、12ページの発展問題、できた?』
『あ、あれ・・・・・
一応できたけど・・・ちょっと自信ないな。』
そういうと、彼女はまた、
あの静かな笑みを浮かべた。
『え、できたの?!』
『え・・・う、うん。一応。』
よし、話、つながってる。
『だったらさ、もし時間があったら、
ここで解法、教えて?』
『え・・・・?』
彼女が一瞬戸惑った。
"あ、しまった!"
ユウジはそう思いかけたが、
『うん、いいよ。』
そういうと、彼女は空に
指文字で図形をすらすらと書いていった。

『この円Oとその円の接線ABがあるでしょ?』
『うん・・・・』

やはりお互い、
勉強の面においては長けているからだろうか?
この話題が一番盛り上がっていた。
小さい彼女の手で織り成される発展問題の解法は、
彼女の解説を媒体とし、
ユウジの頭に吸収されていく。
空中ノートに描かれる、
数学の発展問題。
そのノートの背景は天の川。
この発展問題と天の川のギャップが
なんだか、少しこっけいな気がする。

『で、ここの三角形DEFの周上の点Pが・・・・』
『え、あ・・・・・』
しまった、
ギャップとかこっけいとか考えてるうちに、
解法が進んでしまっていた。
『あ、そのへん、ちょっとわかんなくなっちゃった・・・』
『ゴメン、私の説明、わかりにくくって・・・・』
ユウジは力いっぱいに首を振った。
『そ、そんなことないよ・・・・
ただ、やっぱりノートとかに書かないと・・・』
『そっかぁ・・・・どうしよう・・・?』
と、ミクがなにかを思いついたような顔をすると、
『じゃあさ、明日、学校に、
私の答え、持っていってあげる。』
"え?!"
『その方がわかりやすいね。』
『え・・・・えっと・・・・』
"えっと、そういうのはやっぱ、
親密な関係、と言うか、
なんというか、なんというか・・・・"
ユウジはなんとか遠まわしに
"ソノ"ことを伝えようとした。

が、

『あ、もう電車の時間だ。
私、もう帰るね、』
そういうなり、ミクはそそくさと支度を整えるなり、
元来た自転車の方へと走っていこうとした。

『あ、ねぇ?』
"はやく伝えなきゃ!"




『?』






『明日、解答、よろしくね。』





ユウジが心の言葉と正反対の台詞を言うと、
彼女はまた、あの暖かい感じの笑顔で答え、
そのまま、自転車に乗って、走っていってしまった。


『なんで、俺、あんなこと・・・を?』
別に彼女が織姫でもなければ、
当然、僕がアルタイル、と言うわけでもない。
ふつうに、ただ普通に『テストのライバル』。

『じゃあ、なんで俺はあんなことを?』

そう思うと、自分の中に
"アノ"感情が・・・?
と言う気持ちになってしまった。

ち、違う違う!
普通に、わからなかった問題の解法を教えてもらうだけだ。
なんでもないよ。

なんでも・・・・・

そう思うと、
目の前に光っているベガとアルタイルが
妙に近づいて見えて、
ユウジはひとり、顔を赤らめるのだった。

『はぁあ・・・・』
7月8日の朝も、
ユウジはいつもとかわらず外の青空に対して
ため息を投げかけていた。

"今日、新崎さん、解法持ってきてくれる、っていってたよなぁ・・・・"

そうおもうと、
また、ユウジの腹からは
大きなため息が出てきた。


『お・は・よ♪ユージ君♪』

新崎さん?
いや、このやたら耳に残る男の声は・・・

『昨日の"織姫と行く観光ツアー"、いかがでしたか?』
もとはといえばこいつのせいだ。
『おい、あれ、どういうことだよ?』
わざとちょっとキレ気味で。
『あ、あれ?
全然・・・・・・・・喜んでない?』
トシユキは拍子抜けな顔をとった。
『お前のせいでいろいろ大変だったんだぞ?!』
ユウジはくるりと体をトシユキのほうへ向けると、
指を指して強く言った。
『いろいろ、って?!』
この場に及んでもまだ突っ込むか、このバカは。

『で、どうだったの?』
トシユキは近くにあったいすを勝手に拝借して、
ユウジの指定席(窓?)のそばに腰掛けた。
『どうもなんもねぇよ。
しかも、なんで新崎さんを呼んだの??』
"新崎"の部分だけ。みんなに聞こえないよう小さい声で。
『あれ?おまえの"織姫"って新崎じゃないの?!』
不覚だ。
一瞬とはいえ、胸キュン。
『バカ。的外れ、だよ。』
『なんだよー、そういうことは早く行ってくれっての。
お互い、"成績優秀""冷静沈着"。バッチリじゃん?』
『勝手にきめんなよぉ・・・』

そんなバカ話を繰り広げていたときだった。
『あ、あのさ・・・・・・里中君、いる?』
ミクがクラスの入り口から顔をのぞかせ、
友達の女子に尋ねている。
昨日の感じとは全然違う。
やっぱり、清閑な彼女には"制服"が一番にあってるかもしれない。

いや、そうでもないか?

『あ、ちょっと待ってて!』
そういうと、ユウジは大急ぎで
教室の入り口の方へと走ってゆき、
ミクをクラスの死角へと誘導した。

『これ・・・・昨日の・・・。』
そういうと、
一冊の無印ノートを差し出した。
『あ、ありがとう。』
ユウジは平然を装い、
ぱらぱらと、ノートをめくって見せた。
死角に移動したとはいえ、
みんなの視線がすごい気になる。
『うん、
じゃあ、今日中に返すよ。
放課後でいい?』
『え・・・・放課後かぁ・・・』
ミクは分の悪い顔をした。
『あ、何か問題?』
『え、うん・・・・・』
彼女はしばらく考えるそぶりを見せて、
こう言った。
『今日、私、放課後図書館に行かなきゃいけなくって・・・・』
語尾を濁して言った。
彼女の申し訳なささがよく出てる。
『あ、だったらさ、俺、図書館に届けるよ。』
『え、別にいいよ!明日でもいいしさ。』
『ううん、今日だって宿題進めたいでしょ?』
彼女はまた、しばらく考えた後、
『でも、ここから結構遠いよ?』
『あ、大丈夫だよ。
どうせ帰り道の途中だし。』
今日は部活に行く予定じゃないのかい?俺?
彼女はしばらく困惑した表情を見せた。
『・・・・・・』
5,6秒、間があって、
『じゃあ、お願いできる?』
『うん、大丈夫!』
ユウジは頷いた。
『じゃあ・・・・・・・
ホントーにゴメンね?』
両手を合わせながらそういうと、
そそくさと自分の教室へと戻っていった。

『ユ・ウ・ジ・君?』
さて、事後処理だ。
『なぁんだ、なにが『どうもねぇ』だよ?
バッチリもいいとこじゃねぇかよ?』
おい、その"ニヤニヤ"をやめろ。
『別に。
ただ、夏休みの宿題の答え借りただけだって。』
『ふぅーん・・・・・・そうなんだぁ・・・』
絶対納得してない顔だ。

こうして、
俺は部活をむりやり休んでまで、
ノートを返しに行くことに。
ホントは休み時間中にちゃちゃっと写しちゃって、
昼休みにでも返せればいいのに、
今日に限って昼休みは面談だ。
ったく、運がいいんだから、悪いんだか・・・・

うわ?!なにいってんだ?!俺?!
"運がいい"わけねーだろ。
だって、ねぇ?"織姫"じゃないのに。

放課後、
ユウジは掃除を手際よく終わらせると、
部活仲間に『歯医者』という古典的なズル休みの理由を伝え、
自転車を図書館へと走らせた。

ハァ・・・・・ハァ・・・
まだ7月上旬だってのに、
なんでまたこんなにお日様はカンカン照りに?
そんな疑問を抱きつつ、
ユウジは図書館に着いた。

ミクが来て欲しい、と頼んだ図書館は、
ここ一体では最大規模のもので、
そこでは蔵書はもちろん、
フォーラム用ホール、各種AV機器などがそろっていた。
全部回りきるのに30分くらいかかりそうなくらい広かった。

いや、ちょっと大袈裟。

ユウジは図書館に入るなり、
ミクの姿を探し始めた。
外の灼熱地獄とは相対的に、
中は空調の効いた心地よい空間となっていた。
まるで"゛逆サウナ"だ。

一通り、待合室と蔵書の部分を探したが、
彼女の姿は見つからなかった。
"どこにいるのかな・・・・?"
と、
"あ、なるほど。"
名案が浮かぶなり、彼はあるブースに向かって歩を進めた。

"あ、やっぱりここだった。"

そこは俗に言われる"勉強するところ"であった。
最初、ユウジは
彼女がここにきた理由を、
友達との待ち合わせか何かだろうとかってに推測していたが、
なるほど、今考えてみれば
この炎天下にこれだけの環境だ。
さぞ勉強もはかどるだろう。

トントン

ユウジはミクの肩をたたいた。
・・・・・ちょっと躊躇したけど。
『!』
彼女は振り向くなり、
待っていましたかのごとく、
いつものあの笑顔。

『はい、これ。
すごくわかりやすかったよ。ありがとう。』
できるだけ声を殺して、
ユウジは御礼を言った。
『ううん。
それより、わざわざゴメンね・・・
こんなところまで・・・・』
ユウジはすごい勢いで首を横に振った。
『ううん、全然大丈夫だったよ!』
大丈夫、といってる割には、
すごい汗の量だなぁ・・・・と
ユウジは内心思っていた。

『じゃあ、もう帰るよ。』
そういって、ユウジはそそくさとその場を立ち去ろうした。
『あ!』
ふと、ミクが押し殺した声で言った。
『えっと・・・・・・』
そういうなり、彼女は
化学の問題集をペラペラめくり始めた。
『ここ、里中君解けた?』
芳香族の構造決定か。
結構得意な分野だ。
『うーーーーーん・・・・』
一通り考えた後で、
『うん、なんとかなりそう。』
『ホントに?!』
『解法、教えよっか?』
気を利かせた、と言う表現は適切だろうか?
『え、でも・・・・』
彼女はまた、
今日の朝に見せたような困惑した顔を見せた。
『時間、大丈夫なの?』
『うん。なんもすることないし。』
ぶ・か・つ・は!?

ユウジはミクと節度ある距離をおいたところに座って、
まず、ミクの問題集にいろいろメモ書きを添えた。
『まず、分子式を出したら
異性体を書いちゃうんだ・・・・・』
『うんうん・・・・』
言われるがままにミクはノートに
異性体をばぁっと書いていった。

いまさらのことだが、
ミクはそんなに字がうまい方ではない事に気が付いた。
なんというか・・・・・・
小学生みたいな"無邪気な"字だ。
さっきノートを写しているときもそう思ったのだが、
いま、間近でそれらがミクの手によって筆記されていくことによって、
改めて気づかされた感じだ。

『はい、書いたけど?』
『え、ああ!じゃあ、次は・・・』
そういって、ユウジは解法を進めていった。

・・・・・

『はい、これで全部完成じゃない?』
『ホントーだ!
なるほど、こうやっていくのかぁ・・・』
彼女は自分で書いた無邪気な字で書かれたユウジの解法を見直し、感心していた。
ユウジもユウジで、
結構難しいことを言ってたつもりだったのに、
ミクはぜんぶ一回で飲み込んじゃった・・・・

やっぱり、"デキ"るな。

お互いにおんなじ台詞が心で響いた。

『じゃあ、俺はこれで・・・』
そう言って、
ユウジは改めて荷物をまとめ始めた。
『あ、うん。
わざわざありがとうね。』
『うんうん、別にいいよ。』
そういい残すと、
ユウジは図書館から去っていった。

外は相変わらずサウナ気候が続いていた。
なんでこんなにまで暑いんだ?
ユウジはあのひんやりとした図書館に戻りたい衝動に駆られた。
いや、帰らなければ・・・
帰らなければ・・・・・・

夏、とは不思議なので、
学生から時間を際限なく、急速なスピードで奪い取ってゆく。
ユウジもミクも、
図書館で会って以降、口を利くことすらなかった。
(こういうとなんだか喧嘩してるみたいに聞こえるが、
僕らはそういう人種なんだ。)

そして、その"なにか"のなすがままに時間は剥ぎ取られ、
夏休みがいよいよ始まった。

夏休み。

という名目は打ったものの、
僕らの学校は事実上、
休みなんてほとんどなかった。

―――――学校が終わって早々、
今度は"課外"が始まる。
まぁ、もう高2なんだから、ということもあるが、
鬼の形相のごとく、びっしりと課外が組み込まれていた。
夏の宿題といい、
この学校にはちょっと感覚がおかしいところがある。

まぁ、サボり症の僕にはいい薬になっているけど。

そして、夏休み開始一日目だというのに、
さっそく"鬼"は、
僕の出動を強制した。

『はぁあ・・・・・』
こうなってしまえば、
夏休みは始まったとしてもあまりうれしいものではない。
むしろ、課外では一教科しかやらないため、
授業より厄介かもれない。

『はぁあ・・・・・』
ユウジはまたため息をつくと、
電車は止まった。

電車の外は、もう、
"炎天下"、
"炎"の"天"の"下"と書いて炎天下。
まさにそのとおりだ。
火の輪くぐりのライオンの気持ちが分かるような気がする。

こんなことを考えながら、
ユウジは自転車置き場へ行き、
夏休み前と何ら変わりなく
自転車に乗る。

朝のちょっとした喧騒と
ちょっとフライング気味のセミの合唱に乗せられて、
思ったより早く学校に着いた。


と・・・・

『あ、あれ?』
門が開いていないのだった。
普段、課外とかがあると
必ず開放されている正門なのに、
がっちりとしめてある。
ユウジは『なんだよ、』と
不平をボソッとこぼした後、
自転車をくるっとまわすと、
裏門の方へ向かおうとした。
『あっちなら開いているだろう・・・』





ま、まさか?
ユウジの脳裏に、
あまり良くない状況がよぎった。
ユウジは勉強道具をいれてあるバックに手をかけ、
中に入っている『課外予定表』を探した。
『あ、あっ!』

ビンゴ。

『こ、これじゃあ、開いてねぇよなぁ・・・』
良くある話だ。
一日、日にちを間違えていた。
遠足の前日に用意してきてしまう子はよくいたものだが、
ユウジもその部類の人種に晴れて仲間入りとなった。

ユウジは一人やりきれない気持ちになると、
すぐさま、自転車をもときた道のほうへ向け、
引き返していった。

・・・・・・
なんのことはない、
さっき通った道だ。
変わったと言えば、
さっきので閉まっていた店が数店開店したことと、
合唱レベルだったセミの鳴き声がロックライブになったことくらい。

ミーンミーンミンミンミミー・・

うるさい!
俺をバカにしてんのか?お前ら。

復路もいよいよ終点に差し掛かった、
そのときだった。
『あ!この時間、電車ねぇ・・・・』
田舎とは不便なものだ。
そんなに田舎ではないが、
電車は、へたをすると1時間くらい待たされてもいいくらいの田舎。

これじゃ田舎か。

ユウジは自転車のスピードをキュルキュルと緩め、
ついに止まりそうなくらいのスロースピードにした。
『やべぇ、この時間、なにしてよっかなぁ・・・?』
考え込んでいるユウジの目に
ふと、あの図書館の大きな姿が目に入ってきた。

『・・・・たまには、いいか。』

ユウジは基本的には
あまり、こういった『公共的な場所』で勉強することが
あまり好きでなかった。
なんというか、周りがすごい勉強してるみたいで、焦ってしまう。
だから、学校でやる、としても、自習室。
自分だけの空間を形成できるから。

図書館の自動ドアが開くと、
また、あの"逆サウナ現象"が起きた。

中はちょっと肌寒いくらいに冷房が効いていた。
夏休みだからだろうか?
普段よりも人が多い。

ユウジは、火照った体を冷却しようと
ゆっくりとした歩調で、学習ブースの方へと向かった。

よし、到着と同時くらいに汗が引いた。

ユウジは持ち合わせのノートと
数学の宿題用の問題集取り出し、
早速、はじめた。



ユウジは、
動き出したばかりの手を止めると、
いったん、周りを見渡した。
"なんだ、いないか・・・・"

そう思うと、
彼はまたシャーペンを走らせ始めた。

・・・・・

もう15分くらいたっただろうか?
解いた問題数から察して、そんなもんだろう。
ちょっと小休止。
ユウジは握っていたシャーペンをぽんと投げ出すと、
気晴らしに回りをまた見渡した。

『ッ!』

思わず声が出そうになる、とはこのことだろう。

『に、新崎さん?』

そこには、ミクがバッチリいた。
うん、間違いない、
あの小柄で清楚な姿。
間違いない。

"まいったなぁ・・・・
なんかいずらくなっちまった・・・"

もうここを去ろうか、と考えたユウジ。
しかし、今出たところで
待ち時間は45分間。
45分もの間、あのサウナのようなホームで
ひたすら電車を待たなくてはいけないのだ。

・・・・・・

ユウジは、
自分の心の中で『サウナ地獄』と『彼女との勉強』を
秤(はかり)にかけた。

"まぁ、あっち側も気づいてないみたいだし、
いいか。"

なんとなく気まずいが、
ユウジはそこに留まって勉強を続けることにした。
気まずい、というのは、ユウジの勝手な解釈だが。

ユウジは再び投げ出したシャープペンシルを手に取ると、
数学の続きを解き始めた。

カッカッカッ

あたりは閑々とし、
鳴り響くものと言えば、
シャーペンが机にぶつかる音と、
誰かがノートをめくる音だけ。
まぁ、図書館だからあたりまえか?


と、


"ポンポン"

『?』
肩を叩かれ、無言で振り返るユウジ。
『あのさ、これ、この前の・・・・』
『え?あ、新崎さん!?どうしたの?』
"消しゴム"だった。

以前、ミクからノートを借りたときに
どうやら彼女に化学の問題を教えている間に
置いていってしまったらしい。
彼女はそれを大切に預かっていてくれたのだ。

『なんか、学校だと渡す機会がなかったから・・・』
『あ、ああ、そうなんだ・・・・』
そういって、彼女から消しゴムをもらうと、
『ありがとうね。』
と、押し殺した声で礼を言った。
彼女はまた、お決まりのあの笑顔で静かに答えると、
自分の席へと戻っていった。

・・・・・・

またしばらくして、
ユウジは腕が疲れたので
つい先刻と同じようにシャープペンシルを投げ出すと、
周りを見渡した。

ウン、間違いなく、"彼女"はそこにいる。
ちょっと離れた、向かいの机に。

彼女もまた、ユウジと同じように
数学の宿題用問題集を解いている様子だった。
まぁ、遠目で推測だけど。
彼女は机に向かってひたすらシャーペンを走らせていた。

・・・・・・

"ん?"

と、急に、
さっきまで威勢良く動いていた彼女のシャープペンシルが
急ブレーキをかけた。
彼女はそのシャープペンシルを持った手で頭を掻きながら、
またちょっと走らせては見たものの、
また、止まってしまった。

"ははん、さてはつまづいたな・・・?"

よくある光景だ。
数学なんかでは特に。
"急にシャープペンシルが止まる"
つまづいた以外に考えられまい。
しかし、
この"無会話"の状況下で、彼女の行動が
なんの媒体も共有せずして把握できたことに、
彼は一種の"面白み"を感じ取っていた。

彼女はそのままの体制で、
しばらく考えていた様子だった。
ユウジはその様子をじっとみつめていた。

が、

"ガタン"

いきなり、彼女は自分の席を立ち上がった。
『おわっ?!』
一瞬、
ずっと見ていたことがばれたかと思い、
ユウジは焦って、
勉強している体制を即座に取り繕った。

しかし、そんなごまかしも無駄だったのか?
ミクはユウジめがけてすたすたと歩いてきたではないか。
"うわぁ、しまったなぁ・・・・"
また後悔。
たしか、彼女に関して後悔したのはこれで2度目か?
一度目は、あの"キザ発言"。

"トントン"
"うわぁ、やっぱりばれてたのかよぉ・・・・"
そう思いつつも、平静を装って無言で振り向くユウジ。
『どうしたの?』

しかし、ユウジの心配は見事に裏切られるのだった。

『邪魔してごめんネ。
ここの問題、教えて欲しいんだけど?』

『あ、なんだ、そんなことか!』
おもわず、声に出して安堵のため息を出してしまった。
『そんなこと、って?』
『え、ああ!なんでもないよ、なんでも。』

なんでも。

『ああ、なるほどぉ・・・・』
ユウジの解法を見ながら、
ミクは何度も頷いていた。
『こ、こんなもんでいいかな?』
とりあえず一通り解答すると、
ユウジは言った。
『うん、普通に分かった。
ありがとうね。』
押し殺した声で、ミクはそう言った。

と、

カッカッカッ
もう、解法は終わったはずなのに、
ミクは隣に座ったまま、
ユウジのノートの端に何かメモ書きのようなものをした。
そして、その部分を"トントン"と叩いた。
『?』
ユウジはミクに促されるまま、
その部分を見てみると、

"結構、図書館とかよく来るの?"

そう、書かれていた。
"ん?どうしたんだろ?いきなり?"
ユウジが不思議に思っていると、
ミクは続けて書き足した。

"なんか、こういう静かな場所でしゃべるの、
あんまりいい気分じゃなくって・・・"

相変わらずの"無邪気文字"で、
綴られていた。

ユウジはさいしょ、あっけにとられていたが
ミクが何か書いて欲しい、と言った顔をしていたので、
"ううん、あんまり来ないけど?"
と、
ミクの文の下に付け加えた。

すると、彼女はその下に続けた。

"ふうん。
でも、なんで今日はここにきたの?"

"あ、今日"

課外と勘違いしてきてしまった、
と書こうとしたが、
なんとなくかっこ悪い気がしたので、
その途中の文章を消してしまうと、
こう、書き直した。

"今日から夏休みだよね?
ここで勉強した方が涼しくていい、と思ってさ。"

"わかる!"

そう書くと、彼女はその文の隣に

(^^)

と、メールで言われるところの『顔文字』をつけた。

彼女はこの顔文字を残し、
また押し殺した声で一言、
『ありがとうね。』
と言うと、
そのまま、もといた自分の席へと戻っていった。

正直言って、
"意外"だった。
なんとなく、学校の中の彼女は、
何度も言っているように"清楚"であったが、
普段から成績が良かった、と言うことに付け加えて
同時になんとなく"物静か"というイメージがあった。
確かに、仲間ウチの女子とはいろいろと盛り上がっている姿は見たことがあるが、
文化祭とか、そういったトシユキがバカ騒ぎしそうなイベントでも"静か"に物事を進めていた、
そんな姿しか見たことがなかった。

男と話すなんてもってのほか。

そんな彼女が(^^)なんて使ったものだから、
ある一種の違和感、みたいなものをユウジは感じ取っていた。

やっぱり、なんだかんだいっても彼女は"いまどきの女の子"なんだ・・・

そんなことを考えながら、
ぼぉっと彼女の姿を眺めていた。

ふと、彼女の後ろにかかっている時計の針が、
目に入った。

"あ、あれ?!"


"やばい!"

そう、しばらくミクの問題を解いていて、
彼女のすがたを ぼぉっと見ていたら
電車の時間のことをすっかり忘れてしまっていた。

ユウジは気が付くなり、
いそいそと数学問題集やノートを片付けると、
急いで図書館を後にしようとした。

しかし、

"あ、里中君、帰っちゃうの?"

ミクがまた、数学の問題集をもって彼のところへやってきていた。

"あ、じゃあ、仕方ない、か。"
いつもどおり、彼女の嫌いな押し殺した声。
"あ、えっと、うん、ゴメン。"
まとまらない言葉の羅列で、
ユウジは彼女に対して謝った。

そうして、
ちょっと異様に見えるくらいいそいそと準備をすると、
彼女に再度"ゴメン"というと、
その場を立ち去ろうとした。

"あ、待って!"

"え?"

"明日、またここ来るんだよね?
そのときに、でもいいかな?"

あ、そうか。
さっき、ノート会話で
自分はこの夏休み、この逆サウナで勉強することとなってしまっいたのか。

"え、あ、うん。
ただ、課外が始まる前だから、午前中だけど。"

"私も課外受けるから、午前中にいるから。"

"うん、分かった。"

ユウジは頭の中の整理がつかず、
ただなんとなくものの流れ、と言った感じで
話を進めていた。

ユウジはすぐさま、
灼熱地獄に舞い戻ると、
すぐそばに止めてあった自分自転車に乗って
駅へと全速力で走っていった。

"また明日も、この図書館で勉強かぁ・・・"

正直、課外のある明日の午前中は
家でのんびりしていたかったのだが、
彼女にこういってしまった手前、
もう、この図書館に来るしかない・・・・

"(^^)"

全速力で向かうユウジの頭の中では、
先刻彼女の書いた(^^)が
なんどもよみがえってはフェードアウトしてゆくのだった。

ジリリリリリリリ
けたたましい目覚ましの音とともに、
ユウジは目を覚ました。
ジリリリリリ

リン

『ん?あれ・・・・?
まだ課外に出るにはちょっと早いな。
二度寝しちゃうか・・・・』
そう思って、ベッドに入った矢先だった。

"あ!"


『あ、おはよう、ユウジ。』
『うん。』
いそいそと階段を下りてきた息子に対して、
母は不思議そうに尋ねた。
『なに?今日の課外、午後からだ、っていってなかった?』
『うん、でも、課外のプリントやってなかったから、
図書館でやってく。』
そういうと、いそいそと朝食を済ませると、
あらかじめ玄関に用意しておいたバックを持って
飛び出していった。

そして、電車に乗り、
自転車であの図書館へ。


ウィーン
"自動ドアが開くと、そこはもう雪国だった。"
『雪国』の有名な一節。
作者は・・・・・誰だっけ?

ユウジはいつもの席に座ると、
とりあえず、いつもの数学の宿題をバタバタと机に広げると、
周りを見渡した。

『!』
彼女は、いつものところで、
いつもの格好で勉強をしていた。
あの、小柄な体型で、ちょっと背中の丸まった、
ネコみたいな姿。

『!』
彼女もユウジの姿に気づいたらしく、
バックをごそごそとかき回すと、
中から、昨日持ってきたノートと問題集を手にとった。

"トントン"

『?』
肩を叩かれ、振り返るユウジ。
『えっと、昨日のところ・・・』
彼女の謙虚さの出ている、
いつもの語尾濁しの口調だった。
『うん、いいよ。』
ユウジがそう言うと、
彼女は前と同じようにユウジの隣にすわった。

ウンウン

ウンウン

あー、なるほどぉ・・・・

また、ユウジの解法に、
彼女は偉く感心をしていた。

と、

カッカッカッ

昨日と同じだ。
ミクがまた、ユウジのノートの端っこに
なにかを書いた。

『課外の問題、解けた?』

趣旨の分かっているユウジは、
昨日のように戸惑わず、すらすらと返事を書く。

『うん。でも、問2が分かんなかった。』

意外と几帳面な性格のユウジだったので、
字は結構綺麗な方だった。

『あ、私、問2、解けたよ!』

顔文字がつくかな?
と思ったけど、つかなかった。

『あ、ホントに?!
教えてください!』

『うん、いいよ♪』

彼女はそう書くと、
いったん席をはずして、
自分の席に置いてある課外用のプリントを取りに戻った。

こうして並んだ文字を見てみると、
ミクが書いた文字が男の子が書いた文字で、
ユウジが書いた文字が女の子のもののように思えた。

―――――というより、『姉と弟』の交換日記、みたいだった。

『はい、これ。』
相変わらず、押し殺した声で。
『うん、ありがとう。』
押し殺し声返し。

ユウジは彼女からプリントを受け取ると、
一通り、彼女の解法に目を通した。

『うん?』
彼女の解法で、一箇所、
なぜ出てきたか分からない式にぶつかった。
『新崎さん?』
ユウジはプリントに目線を落としたまま、
彼女の名前を呼んだ。
無論、押し殺し声。

『?』
彼女から返事が返ってこない。
ユウジは視線をプリントから彼女に移すと・・・

『♪♪』

彼女は楽しそうに、
ユウジのノートの端に絵を書いていた。
あの日の夜みたいに、足をパタつかせながら。
『新崎さん?』
今度は彼女の肩をトントンと叩きながら
名前を呼んだ。

『え、ああ!ゴメン!
なに?』
彼女はちょっと焦った様子で、
照れ隠しの笑い顔でユウジの方を向いた。
『あ、えっと、この式がさ・・・』

・・・・・

『あ、なるほどね。分かった。』
そう言うと、ユウジは再び、プリントの方に目をやった。
・・・
うん、とりあえずこれで、後は自力で解けそうだ。
"トントン"
また、彼女の肩を叩くと、
『うん、分かったよ。ありがとう。』
そういって、プリントを彼女の手に返した。
『あ、うん。
じゃあ、私、席に戻るね。』
そう言うと、彼女は席を立ち上がって、
スタスタと自分の席へと戻っていった。

"・・・・・・
何の絵を書いていたんだ・"
ユウジは気になった。
だって、名前を呼んでも気づかないくらい集中して書いていたんだ、
一体どんな絵なのだろう?

ユウジは気になって、
彼女がこっちをみていないことを確かめると
隠れるようにしてノートを開けた。
(よくよく考えれれば、自分のノートを開けるのに
他人の目を気にする必要はないのに・・・・)

『あ・・・・・』
ユウジはおもわず微笑みそうになり、
とっさに口を隠した。

"ウサギ・・・・?"

俗に言う、『リンゴで作る』あのウサギだった。
立体系の半楕円に、耳を二つ、目を一つつけた、あのリンゴウサギ。
そして、その絵の下にはちいさく『ウサギ』と書かれていた。

ユウジはそれを見たとき、
なにか胸の奥のほうからこみあげてくる"何か"を感じた。
なんだろう?
なんというか・・・・・・
言葉じゃ言い表せない。

しいて言うなら・・・・・

"ほのぼの"


ユウジは"ウサギ"を見て、
そして顔を上げ、今勉強している彼女の姿を見た。
すると、また、その"暖かい感情"が、
音を立てて胸の中から湧き上がってくるのを感じた。

『!』
もう、課外にいかなくてはならない時間になった。
ユウジは机の上に散乱していた勉強道具を片付けると、
机から立ち上がった。
"あ、新崎さん、気づいてるかな・・・?"
ユウジはちょっと心配になった。
"どうしよう?声、掛けてあげようかな?"
"でも、なぁ・・・・・
なんていうか、こういう場で、なぁ・・・"
葛藤に悩んでいると、
『!』
ミクも顔を上げ、
席をすでに立ち上がっているユウジを見て、
時間だ、と察した様子だった。

彼女は"もう行くの?"と、
学校方面を指差すジェスチャーで、
ユウジにたずねた。
ユウジは彼女のジェスチャーを汲み取り、頷いた。

彼女は笑って返した。


ユウジは自転車に乗ると、
一目散に学校を目指した。
そんなに急ぐ必要もないのだが・・・・?
"新崎さんと重なっちゃったら、なぁ・・・・"
と、いらぬ心配をしていたためであった。

午後の街中は、
相変わらず炎天下だった。
初めて(と言ってもつい最近だが)あの図書館に行ったときも、
たしかこんな感じの炎天下だった。
ジメジメしてない、すっきりした暑さ。

学校に着くなり、
1週間ぶりに出会う仲間たちと
『お前、焼けたなぁ~!』
とか、
『今度、どっかいかねぇか?』
とか、そんな他愛もない話をして、
そして、課外が始まった。

ミクはユウジの、ひとつ飛んだ右隣だった。
けっこう、『里中』『新崎』で、
課外を受ける人数と一列あたりに座る人数、そして一クラス分を考慮すると、大体、彼女とは近くになるケースが多かった。
とはいっても、いままで話したことなんてなかったけど。

課外は、クーラーの聞いた涼しい部屋で
淡々と進められていった。

『はい、問二、できたやつ、手ぇ上げてみろ?』
ちらほらと手が挙がった。
もちろん、ユウジも手をあげた。
お?
新崎さん、手、上げてるな?
僕が彼女に解法を教えてあげたんだ。

『うーん、やっぱりこの問題は難しかったかねぇ?』
予想より下回った挙手の数に、
先生は苦い顔をした。
"難しい問題でも、
彼女は僕が教えたらからこそ、手を上げられたわけだ。
つまり、僕がいなかったら、新崎さんは今、手を上げていない。"
ユウジは一人で、妙な優越感に浸っていた。

課外はこのあとも淡々と進められていったが、
たまに、先生の脱線話が入る。
『なぁ?これはバカだろ?!』
先生のオチの部分に行き着いたところで、
皆は笑った。
ワハハハハハ
ワハハハハハ

と、
ユウジもそのとき笑っていたのだが、
その笑い声の草むらの中で、
隙間から、一個とびのとなりの彼女と、目があった。
彼女も、笑っていた。
ミクはユウジと目を合わせると、
"面白いね?"
と言った感じで、微笑んでくれた。
ユウジも微笑み返した。

このときの彼女の顔は、
まさしく

(^^)

だった。
--------------"面白いね"
というのは、僕の勝手な想像だけど。
きっと彼女は言ってくれてた。

きっと。


180分にわたる
長時間・耐久の課外は終了し、
皆は散り散りに帰っていった。

と、
『おい、ユウジ、一緒に帰ろうぜ?』
トシユキ、か。
毎年、恒例行事のように
課外の後は、ユウジは、
トシユキを含めた仲間5,6人で
帰る、という手はずになっていた。
そして、今年もまた、いつもどおりのメンバーが集まり、
家路につく。

『おい、ユウジ?』
メンバーの自転車の集団から
トシユキはわざとはずれると、
後方からユウジを呼んだ。
誘われるがままに、
ユウジもスピードを落として、メンバーの集団から抜け出す。

『ねぇ、お前さ、あれから新崎となんかあったの?!』
おもわず、自転車乗っていた自転車がぐらついた。
『ハハハ! 図星、ってか?』
トシユキ特有の高笑い。
『ばか、なんもねぇよ。』
図書館と同じ押し殺し声になってしまったのが、
自分ながら憎らしい。
『ホントに?!』
『ホントに。なんもないよ。』
『ええ?それはおかしいんでないのぉ?!』
トシユキは自転車の体制を整えると、
ユウジに自転車を寄せてきて、こう囁いた。

『だってさ、お前ら、課外中に目ぇあわせて笑ってたろ?』

『え゛?!』
"見てたの?!"
『あ~、やっぱりなぁ・・・
いやさ、たまたま視界に入っちゃったわけよ。
大丈夫!黙っててやっから。な?』
『だ、お前、違うからね。』
顔が赤くなってくるのは、夕方なのにまだ残る暑さの性だろうか?
『あーあー、顔赤くしちゃってよぉ?
いやぁ、青春だね。ウン、天の川カップル誕生、か?』
『バカ』
そう言うと、ユウジはもといたメンバーの集団へと戻っていった。
『お、おい、ちょっと待てよ?』
そういうと、トシユキもその中に入っていった。

"天の川カップル"

心の中で、
一度だけ言ってみた。

『はっ!』
"カップル"じゃねぇっつーの。



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